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| 学名はC.grandis Osbeck forma Tosabuntan | ||
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《★「ブンタン類」の甘さ(糖分)の特徴!》『果皮(柑橘類の皮の事)が赤色系の(温州みかん、ポンカン、デコポン、 |
![]() 土佐文旦は、農林水産大臣省を2度も受賞したことのある当園自慢の逸品です。 | ![]() とってもジューシーな果汁は夏の暑い季節には最適な柑橘です。喉の渇きを潤してくれます。 | ![]() 文旦類の中で一番早くに召し上がる事ができる水晶文旦は、貴賓あるお味が特徴です。 | ![]() お歳暮には最適な、濃くのある味は文旦類の中では群を抜いています。究極の文旦の味とも言えます。 |
四季折々の文旦類を栽培・販売しています。 | |||
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ブンタンの種類 | |
| 日本で植えつけ らている文旦類は 約40種類以上が 確認されていますが 現在栽培されている 物は約15種類前後 と言われています。 | |
| 左から 晩白柚、ウチムラサキ、紅まどか、平戸文旦、安政柑、晩王柑、水晶文旦、土佐文旦 |
ぶんたん類の来歴 |
| ぶんたんはマレー半島からインドネシアが原産といわれるが、確実な野生系統は知られていない。 中国南部には早い時代に伝晩し、日本 には江戸時代に南方から果実(種子)で持ちこまれ、実生から独特の品種が生じた。 ザボンの名はポルトガル、スペイン語のZamboaの転訛語で、Zamboa はセイロン語でjamboleに由来するという。 ぶんたん(文旦)は中国語に由来し、洋梨系や倒卵形のもののみを指すという。 岩政博士によれば「旦」は俳優を意味し、文という俳優さんの庭園 に見事なぶんたんがあったことから、この名が生まれたという。 主に、東南アジア、中国南部、台湾、日本で栽培され品種が分化発達した。 自然発生した雑種が多く、大部分の優良品種は長い栽培歴史の中で淘汰、 選抜されてきたものと考えられる。 |
| 品種 | 概要 | 特性内容 | 現在の栽培地 |
(とさぶんたん) | 学名はC.grandis Osbeck forma Tosabuntan
鹿児島県姶良郡加治木町、法元(ほうが)宅にあった古木と考えられ鹿児島県果樹試験場の(大橘)オオタチバナと同一品種あるいは同一グループの文旦と考えられる。高知の文旦は昭和4年に開設された高知市朝倉の高知県果樹試験場に法元文旦のラベルで苗木をつくり植えたものが原木です。 その後土佐市宮ノ内の宮地文弥氏により当地に植え付けられ、御子息の正憲氏、和夫氏兄弟により栽培の基礎を築かれました。 | 1個400g〜600g の大きさがが主体で、交配をすると比較的大果になる。 果皮は黄色で滑らか。果肉は淡黄色で、糖度が高く酸は少なく芳香があり品質は良好である。 熟期は2〜3月で果形は不揃い。 | 高知県では土佐市を中心に 宿毛市、須崎市、香我美町など県下に散布して栽培されています。近年では九州熊本県の三角町や愛媛県の宇和島などでも栽培されています。 生産量は平成12年度で1万トンに達したと言われていますが、その内の50%を土佐市近郊で栽培されています。 文旦類の中では最も多く生産されていて現在も限りなく増えている。 |
(おんしつぶんたん) | 昭和56年2月27日の大寒波の影響でで露地物の土佐文旦が大被害に遭い、これを堺に栽培が始まりました。昭和58年当初は寒さよけだけで栽培されていましたが、昭和60年ごろより加温栽培が発展して現在に至っております。 県下で最初に手がけたのは、戸波地区の横山氏、宮ノ内の森岡氏、白木浩一(当白木果樹園)、香我美町の寺内氏、佐川町の松田氏がほぼ同年代に生産が始まりました。 | 加温により土佐文旦の 特性をより引き出す事が出来、文旦類の中でも非常に濃くのある果実に仕上がっていて、果肉は露地物より濃黄色である。強い芳香に甘い果肉。 果皮も温室栽培の為薄い。熟期は12月でお歳暮シーズン向けに栽培されている。 | 高知県下では土佐市が圧倒的に栽培しており、全生産量の80%程度を占める。
高知県外では栽培は確認されていない。近年栽培管理が確立され、 品質の優れたものが出まわっております。 |
(すいしょうぶんたん) | 昭和27年頃室戸市吉良川町の戸梶清氏によって交配、育成されたといわれている。土佐文旦を片親にした交雑種であるが、一方の親ははっきりしない。 田中長三郎博士が、昭和33年、肉質と食味を賞賛して、「水晶文旦」と命名された。 | 果形は編球形で、重さ400g〜700gとほぼ土佐文旦と同じくらいである。果皮は黄〜黄白色で、果面は平滑で美しい。果皮 の厚さは文旦類の中では比較的薄い方である。加温により早いもので9月に出て、10〜11月頃が旬。 | 高知県が95%の生産割合を占めていて、県下では香我美町を初め土佐市、佐川町、室戸市安芸市などと散布している。 水晶文旦も近年ウイルスフリーの台木により、安定して良い品質の物が生産されるようになった。 |
(ばんぺいゆ) | 1920年(大正9年)、ベトナムのサイゴン植物園から、島田弥市により元台湾総督府士林園芸試験場に導入された。台 湾に自生していた白柚より晩生の為、「晩白柚」と呼ばれた。 昭和5年に鹿児島県果樹試験場、同8年に熊本県果樹試験場に導入された。八代地方に導入されたのは昭和26年で、急速な増植が図られたのは昭和40年代以降である。 | ぶんたん類の中では大果で2kgにもなる。果形は球形で果皮色は淡白色。 果皮の厚さは2cm〜3cmで 厚い。果肉はやや緑色を帯びた淡黄色で肉質は柔軟多汁。熟期は2〜3月頃である。 | 当初は八代市のみの特産果樹だったが、現在は竜北町、宮原町、東陽村でも栽培が盛んである。 |
(ばんおうかん) | 高知県安芸郡吉良川町、戸梶清氏の発見したもので文旦の自然雑種といわれ、昭和29年名称登録が行われた。 | 果実は偏球形で400g〜600g、果皮黄色で粗く、柔軟多汁、甘味は強く味は爽快である。主に5月頃熟し暖地の晩生柑橘である。 | 栽培は殆ど行われておらず、果樹試験場など極わずかな場所に試験樹としてあるのみである。みためより味が良い為当、白木果樹園では土佐文旦の後発組みとして注目している。 |
(ほんだぶんたん) | 別名は阿久根文旦が有名で、産地の阿久根市は阿久根文旦として出荷している。小藤太(こった)文旦とも呼ばれる。1772年(安永元年)広東と長崎を往復する貿易船の船長の
「謝文旦」が、台湾南部に立ち寄ったさい購入し日本へ持ちこんだ事から船長の名前がつけられ「ザボン」と言われたとされています。(雑学) | 重さは800g〜1,000gと大きめで、果形は球形な物が多い。果皮は黄色であるが、産地ではまだ緑色が残 るときから収穫される。果面は平滑で、果皮の厚さは15mm〜20mmと厚い。肉質 はやや粗く、糖度があまり高くないわりに酸が高い。生食用と加工用とがあるが主に、文旦の砂糖漬けとして有名。 | 鹿児島県阿久根市を中心に栽培されていて、盛期には1000トン程生産されていたが現在では400トンを下回っているようである。 |
| 大橘 (たいきつ) (おおたちばな) パール柑 | 鹿児島県の在来品種であるが来歴は不明である。ぶんたんの血を引く品種である。明治時代からあったものと思われる。 見た目が土佐文旦とほぼ同じであるため、元は同一のものではないかと考えられる。 | 500g〜600gぐらいの大きさで、果形は結構バラツキがある。果面は平滑で黄色。着色良く12月上旬にはほぼ緑色はぬける。果皮は比較的厚く10mm程度で皮剥性は難。果肉は淡黄白色で柔軟多汁。 | 主に鹿児島県串木野や熊本県三角などで栽培さえていて1985年に「サワーポメロ」として売り出すようになってから市場価値が上がった。熊本産は「パール柑」として販売さえている。台風に弱い為生産量は伸び悩んでいる。 |
| 高岡文旦 (たかおかぶんたん) | 由来は明らかではない。江戸時代宮崎県東諸県郡高岡町 に発生した。枝変わりとされているが、偶発実生の可能性 も考えられる。 | 果実は400g〜500gで倒卵形ないし球形。果面は滑らかである。果皮は黄色で厚い。糖度は高く酸は低くて 食味は良好。糖は12度くらいで酸は1%くらいである。熟期は2〜3月。 | 宮崎市の中部地帯で栽培され ています。高岡町で大分部が生産されているが、国富町、綾町 でも少し生産されています。 約20haで160tの生産が行われ ています。 |
| 肥後ポメロ (ひごぽめろ) | 大正中期、苗木業者の和田常雄氏が、八代市の日奈久温泉に湯治に行き、露店で買い求めた珍しく美味しいかんきつの種子を持ちかえり、自宅に播種したものから育成された。ぶんたんの血を引く偶発実生のものとあったろうと考えられている。 | 500gの大きさで樹生が良い若木時代は800g〜1000gのなることもある。やや長めの球形で、果皮は濃橙色で、果面は平滑で小さい油胞が密生する。厚さは1,0〜1,5cmでやや厚い。剥皮性はぶんたんの中では良い方である。果肉は多汁で肉質は良い。イエローポメロ(はっさく×平戸ぶんたん)に肉質が似る。 糖度は10%位で酸は1.3%位でやや酸味が強い為、熟期は5月頃である。 | 主に熊本県内各地で植え付けられ、中玉系の晩柑として市場に出荷されているが、生産量は少ない。 |
(かわちばんかん) 「夏ぶんたん」 | 熊本市河内町の西村勝春氏のところに原木が有る。これは大正時代に父徳三郎氏が町内の他の地から移住するときに、 旧宅より移植したものと伝えられていて実生主である。親が何であるかは定かではない。しかしぶんたんの血を引く品種と考えられる。 | 主に250gの大きさである が大果のものは500gになる。果形は短卵形で、果面は滑らかである。果皮は黄色で回青はしないが退色する。果皮は比較的厚いが果肉と密着せず剥皮は容易で ある。果肉は柔軟多汁でジューシーである。熟期は5〜6月 | 熊本県が80%の生産量を占め、愛媛県南予、高知県、長崎、鹿児島県でも栽培されている。 熊本県では「河内晩柑」「ジュ−シ−オレンジ」、愛媛県では「美生柑」の商品名で出荷されています。和製グレープフルーツとして注目されていて、高知県南西や当白木果樹園では、「夏ぶんたん」の商品名で販売しています。 |
(あんせいかん) | 広島県因島市田熊町有金栗の岡野末吉氏宅で発見さえた。安政年間(1854〜1859年)に生じたと伝えられている。南方より持ちかえったものより生じたものと考えられている。 | 重さ600g〜700g。果形は偏球形〜球形で、果面は比較的平滑であるが、少し油胞が出て粗いものも有る。果皮色は淡黄色で肉質は硬く、果汁は比較的少ない。熟期は3月下旬〜4月上旬が美味しいと言われている。 | 主に広島県因島付近を中心に生産されているが、全国の所々でも少ない生産がある。 「ドンポメロ」としての名称でも販売されている。 |
(ひらどぶんたん) | 本種の原木は平戸市大久保にある。来歴としては古いようで、弘化2年(1842年)に平戸藩主松浦曜公が長崎に赴いた際、「ジャガタラ」より渡来したといわれる文旦数種類を献上したものがいたとされる。本種が輸入されたとする「ジャガタラ」がはたして何処の国を指すものかはっきりしない。台湾ではないかと言う人もいるが、台湾には本種に近い形質をもつぶんたんが殆どないことから見れば、起源はさらに南方のインド地方ではなかろうかと推測されるが定かではない。 | 果実は偏球形で800g前後である。果面は平滑である。果肉色は淡紅色で、果質はやや硬く砂じょうが破れにくく食べやすいが果皮が厚い。 江上文旦とほぼ同じとされていて、南国長崎のイメージから「ぶんたん」「サボン」の印象が強い。 | 主に長崎県平戸地方に点在生産されていて昭和40年前半にはピークを迎え50haの栽培をされていたが、現在は急激に減少し約6haの生産量にとどまっている。 |
| 麻豆文旦 (まとうぶんたん) | 南支那より輸入した台湾の主要品種である。 熟期は12月。谷川文旦は本種の改良種である。 | 早生種で果実は卵円形で500g〜800g、果肉は淡い緑黄色、柔軟多汁。 | 栽培産地は台湾が主で、中国南部にも同じようなものがある。国内での産地はなく、主に果樹試験場などにある程度である。 |
(えがみぶんたん) | 江戸時代、長崎県東彼杵郡で偶発実生といして生じた。来歴の詳しいことは明かではないが、徳川4代将軍(家綱)の時代に支那(中国)より帰化した、巨関の子孫、如猿が外来産のぶんたんとして住民に分け与えたものの実生より生じたものとされる。 | 果実は偏球形で800g前後である。果形にばらつきがあり、同一樹でもかなり腰高なものがある。果皮色は淡黄色で平戸文旦よりやや淡い。果面は平滑であるが平戸文旦に比べると少し粗い。果肉色は淡紅色で、果質はやや硬く砂じょうが破れにくく食べやすいが果皮が厚い。 | 主に長崎県佐世保市近郊で栽培されている。 生産量はそれほど多くない方である。 |
| 中国広東省で一般的に栽培されていて、香港などでよく見かける。中国で推奨されている文旦。 | 卵型の大型果実で1個2kgほどに。 皮は厚く果肉も硬い。果汁も多い方ではない果肉色淡黄色。 | 主に中国で栽培されている。 | |
| 土佐文旦の枝代わりで20年前より露地やハウスで栽培されている早生系品種。しかし一般的に土佐文旦・温室文旦として販売されている。 | 早生系で土佐文旦よりやや酸味がなく食べやすい。見た目は殆ど土佐文旦と変わらない。 | 高知県内で土佐市に多い。 | |
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| 文旦博物館を造る為文旦類の品種を集めているものです。 | |||
文旦の事を、分旦や文担、分坦などと漢字を間違って書いている方がいらっしゃいますが、文旦が正式な漢字です。 | |||
| この資料はぶんたん博物館(当、白木果樹園)の調査したもので無断で仕様することはお断り致します。もしこの資料をお使いになる場合は必ず当、白木果樹園にご相談を御願いします。 この資料は次の中から抜粋させて頂きました。「柑橘栽培新説」薬師寺清司氏書、昭和37年初刊発行。果樹全書「カンキツ」農文協、昭和60年発行。くらしと農業「土佐の文旦」高知県農業改良普及協会、平成7年発行。特産くだもの「ぶんたん1」「ぶんたん2」(社)日本果樹種苗協会、平成4年発行. | |||